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「侍」

メキシコ北部、モンテレイ唯一の生活情報誌「かけはし」で、「マッチャンの本棚」という拙文を掲載して戴いています。メキシコや中南米を扱った著作に関する感想文ですが、WEBマガジンへの移行中で掲載が滞っている為、この場で紹介させて戴きます。


タイトル: 「侍」

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著者: 遠藤周作        
文庫本: 413ページ
出版社: 新潮文庫
発行年: 1986年

発行は昭和61年、平成20年には32刷とある。著者が有名で、普段本を読まない人でも遠藤周作の名前ぐらいは大抵知っていることを前提としても、20年以上もこの本を購入する人がいるということだ。

本書で取り上げられている「侍」は、慶長遣欧使節として17世紀初頭に太平洋、メキシコ(本文中はノベスパニアと表記)、大西洋、スペイン、ローマへ出向いた仙台藩士、支倉六衛門常長のことを指す。本年2013年は遣欧使節から400周年を迎える。

本書では支倉は長谷倉、ソテロ神父はベラスコ神父という変名を使っている。本書があくまで史実に基くフィクションであろうとする著者の意思表示だろう。同テーマの研究書、資料、小説の類いが多々ある中、本書は百科辞典で読めるような史実以上に、登場人物の背景から希望、葛藤、苦悩といった感情の機微を作品に投影させることに念が入った小説(=創作)であり、それ故に登場人物の描写に紙面が多く割かれ、各人の個性が繰り返し読者に刷り込まれていく。

今までにも支倉六衛門に係わる資料や小説を読んだり、当時の支倉の肖像画を見たりする機会があったが、本書の中での支倉は遣欧使節の副士としての威厳、藩主伊達政宗の忠実な家臣という風格、ローマ法王パウロ五世に謁見し貴族の称号とローマ市公民権を受けた華々しい歴史とはおよそ相容れない人物に描かれている。仙台はもとよりアカプルコ、ハバナ、コリア・デル・リオなど世界各地に記念碑が残され、日本史に足跡を留めるような大偉業を成し遂げた人物像とは隔世の感があるのが最大の特徴ではないだろうか。

純朴で風采の挙がらない田舎侍。父の代に移封された不本意な領地に不満と同時に強い愛着を感じ、どちらかと言えば武士というより百姓に近い保守的な思考を持つ人物のように描かれている。これは本書で認識させられたことだが、支倉は仙台藩の中で高い役職に付いている訳ではなく、格式の低い「召出衆」という階級の武士である。仙台藩は加賀、薩摩に次ぐ62万石の大藩であり、その中で600石取りの藩士という身分は、飛ぶ鳥を落とす勢いの大国エスパニアに派遣する公式な使者としては分不相応であり、当然ながら政宗から直接拝命するような立場でもない。実際に何故この人物が使者に抜擢された理由が資料として残っていないらしいが、本分中で松木という同僚の吐き捨てる「捨石よ、我らは」という言葉が、結果的に最も端的で明快な理由として納得すべき伏線が張られているのだ。

そもそも慶長遣欧使節自体、徳川幕府に従属する一外様大名である伊達政宗の発案でしかなく、ノベエスパニア(当時のメキシコ)との交易、エスパニアの勢力を政治的に利用すべく、その代償として所領内でのキリスト教の布教を認めるという外交上の取引と同時に、大型船の建造と操舵術の習得という藩の軍事上の画策があった。我々サラリーマンも時に上司の思い付きに奔走され、往々にして徒労感を味わうこともあるが、支倉はその数百倍も理不尽な境遇に相対し、数千倍も不条理な仕打ちを受ける。

なりたくもない使者になり、行きたくもない外国へ行き、お役目の為に信仰してもいない基督教徒となり、時代と政治に翻弄され、7年という長い徒労の旅を経て、自分なりにキリストに向かいあう。恩賞へ期待や功名心などよりも、愚直に役目を果たすそうとする真摯な侍の姿、彼の想念や言動といったものが時としてほほえましく、時として深い哀切を漂わせる。侍は彼の貧弱で小さな領地から出ることすらほとんどない生活を送り、冬に遠い国から飛翔してくる白鳥の他、異国や海外との接点など無いに等しかったのだ。

もう一人の主人公と言えるベラスコことソテロ神父は、情熱的で計算高く、自らの功名心や名誉欲すら布教という大義名分と折り合いをつける才智と行動力に富んだ聖職者として描かれ、こちらはかなりイメージ通りの人物のようだ。本書は慶長遣欧使節の正使である彼の物語でもあり、彼の野心と日本への執着が使者衆に選ばれた侍たちの運命を翻弄したと言えるかも知れない。

文庫の帯の「熱い涙が心をつたう」という触れ込みとは裏腹に、メキシコの描写も使節の通過点でしかなく、基本的に不遇な個人の哀しい物語であり、長く精勤した会社に報いもなくリストラに遭うサラリーマンの境遇にも通ずるような湿っぽさばかりが印象に残り、感動とは程遠い寂しい読後感が強かった。

あくまで小説という前提ながら、本書によって今まで漠然と抱いていた支倉常長像が一旦リセットされ、キリシタン禁止令と鎖国という徳川幕府の意向と仙台藩の立場、イエズス会とフランシスコ会の確執など複雑な背景や構図を整理する一助となった上、既存の情報から抱いていた日本・メキシコ・スペイン友好の象徴というような楽観的なイメージが、極力史実を動かすことなく小説化した意欲的な本作品により、少しずつ瓦解してより事実に近いものへ再構築された感覚は新鮮と言える。

メキシコシティの青タイルの家のカフェテリアへ行けば、支倉六衛門常長が約400年前この場に逗留したと言われていることを想い出し、アカプルコへの道中に400年前に眼前に広がる原野をお侍が歩いたことを忘れないでいることぐらいが、日本人の一人である私に出来るせめてものことだろうか…。

本書は第33回野間文芸賞を受賞している。

mc
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「 BORN TO RUN 」 走るために生まれた

メキシコ北部、モンテレイ唯一の生活情報誌「かけはし」で、「マッチャンの本棚」という拙文を掲載して戴いています。メキシコや中南米を扱った著作に関する感想文ですが、WEBマガジンへの移行中で掲載が滞っている為、この場で紹介させて戴きます。



タイトル: 「BORN TO RUN」 ~ 走るために生まれた ~


born to run


著者:  クリストファー・マクドゥーガル
単行本: 400ページ
出版社: 日本放送出版協会
発行年: 2010年


久々に古くないメキシコ本を紹介出来る。クリストファー・マドゥーガル氏の同著には「走るために生まれた~」の後に「ウルトラランナーVS人類最強の走る民族」という仰々しい副題がついている。英文ではBorn to Run: A Hidden Tribe, Superathletes, and the Greatest Race the World Has Never Seenとなっているので、直訳は「隠れた部族、スーパーアスリート、誰も見たことのない世界的な大レース」という感じか…。

このベストセラー本に関して予備知識の無い方なら、いったい誰が走るために生まれたの?という素朴な疑問が生じるだろう。そして、どうしてメキシコ本なの?…と。

そう、同著はスポーツ・ライターであり、個人的にも長距離走(ジョギングでもマラソンでもランニングでも可)を愛する著者が自分の足の故障を発端に、走ること、走り続けることを調査していく中で、多くの専門家や競技者に出会い、試行錯誤や検証作業を通じて行き着く、メキシコ北部チワワ州の山岳地帯に暮らすタラウマラ(=走る部族)の秘訣とその過程の話となっており、ここでメキシコと繋がってくる。

内容的にはスポーツ医学、比較文化論、人類学、進化論の専門分野、チワワへの紀行文、多くの人間模様、陸上競技の歴史、著者自身の体験、シューズ会社の裏話まで多岐にわたる上、これらのテーマが交錯して語られるので、この本を大変読みにくいと感じる読者もいると思う。かく言う私もこの著作に触れて初めて「ウルトラマラソン」という競技が存在することを知った門外漢であり、陸上競技に人並以上に関心がある訳でもなく、元来健康的なイメージとは無縁の中年男であるからして、この本が所謂ランナーのためだけの専門書、実用書であったなら、例え大好きなチワワ州の大自然が美しく描かれていたとしても、これほど楽しく読み進めることが出来たとは思えない。

タラウマラの土地で孤独に暮らすカバージョ・ブランコと呼ばれるグリンゴ(米国人のこと)はじめ、同著の魅力は、登場するウルトラランナー達の破天荒でストイックな人格描写であり、未知の走る部族タラウマラ族の習慣や生活環境であり、全てが実在する人物と歴史的事実であることだろう。

メキシコ北部が麻薬組織が公然と牛耳る危険な地域であることも誇張なく語られるし、人類最強の走者タラウマラが何故マラソン大会に出場しなくなったかという歴史もわかる。そして同著のメインテーマの1つ、走るために生まれたのは誰かという点は、様々な権威たちの研究成果や統計を通じて、最新のランニング・シューズが、走りを愛する多くの人々の負傷の原因となっている事実を掘り起こし、裸足に近いサンダルで走るタラウマラの走法と質素かつ栄誉度の高い食生活が、怪我せず長距離を走り続ける要因とし、太古の人類は裸足で長時間走る必要があったという歴史から現在の骨格や体型に進化したことに踏み込み、タラウマラでもブッシュマンでもなく、全人類が「走るために生まれた」のだという大胆且つ圧巻の結論に至るのだ。

私のようなマラソン門外漢にも目からウロコの話であるが、ランニング愛好者には同著のエピソードは興味深いだけでなく、現実味のある参考資料となり得るだろう。

そして、カバージョ・ブランコの夢…。タラウマラの土地でのウルトラマラソン競技会を実現するために集まるウルトラランナー達(各々有名な米国人ランナーだが、カバージョにコヨーテ、ロボ・ホーベン、ブルヒタ、オソ、ガビラン、ベナード等の愛称を与えられる)と、タラウマラの俊足たちとの壮絶バトル。走りを愛する者同士の尊敬や友情が描かれる後半は、ランナーでなくとも読物として単純に楽しめる。

同著を読んだ多くの人々の感想は「自分も走りたくなった」というものだが、私は素朴に久々に読み応えのある書物に出会えたことを嬉しく思い、シエラ・タラウマラへの旅に思いを馳せるのみ。走るには喫煙量が多すぎる。


mc


*陸上競技としては知名度が低いが、ウルトラマラソン=通常のマラソンの2倍、3倍の距離を砂漠や荒野を舞台に行う競技で、世界各地で行われている。

ライオン・ダンス

メキシコ北部、モンテレイ唯一の生活情報誌「かけはし」で、「マッチャンの本棚」という拙文を掲載して戴いています。メキシコや中南米を扱った著作に関する感想文なのですが、過去に掲載済みのものに若干の加筆・修正を加え、この場で紹介させて戴きます。




タイトル: 「ライオン・ダンス」


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著者名: 堂垣園江   
絵本:  213ページ
出版社: 集英社     
発行年: 2003年                   …「かけはし」第7号に掲載


この本には表題作「ライオン・ダンス」という中編と「レガロ」という短編が収録されている。いずれも舞台はメキシコシティであり、著者は1997年から2000年に帰国するまで当地に在住していたそうだ。

メキシコシティが今より物騒で、モンテレイが平和だった頃である。

とにかく情景の描写が上手い。メキシコシティに長年暮らしていることで、別段意識せずにやり過ごし、顧みることもない様々な日常を作家の観察力でいとも簡単に目の前に差し出し、「どう?この街ってこうじゃない?」と問いかけて来るような文章。

小説自体は奇抜でいかにもラテンの感覚と風味を湛える発想が根底に見受けられ、日本で初めてガルシア・マルケスの短編を読んだ若い頃の自分に一瞬引き戻された。

それくらい練られた強烈な導入部に象徴される日本人が書いたとは思えない中南米文学に近い混沌と幻惑が、慣れ親しんだメキシコシティの旧市街や大学都市の細密な描写に織り込まれて展開し、通りの屋台の発する脂っこい香辛料の匂いまで漂って来そうな表現力を持って読者(私)を容易に解放しなかった。

セントロの裏通りの不穏な空気感。タクシー運転手との取るに足らない会話。メキシコ人の外国人を見る目。当たり前過ぎて誰も気に留めない不正。さり気なく紡ぎ出される私の住む町の表情に自然と同調し、若干の違和感を抱く部分もあったが、その反面声を出して笑ってしまう箇所もあった。

私にとっては2つの物語自体より、作家の目線と筆力が魅力だったのだと思う。

主人公の亡父に代表される「メヒコになら居てもおかしくない」と思わせる登場人物と複雑な人間関係。「メヒコにならあってもおかしくない」と許容してしまうような設定は、若干の距離や位置関係の間違いや、不要に映る誇張されたメキシコのネガティブな部分や、登場人物の屈折した感情や、1箇所目に付いたスペイン語の誤植など取るに足らない程、濃密なメキシコ臭がプンプンしていて、この作者の十分の一でも表現力があったなら、文章を書いてどんなにか楽しかろうと軽い羨望を持って読了したのだった。



mc

「フリーダ・カーロ」 ~引き裂かれた自画像~

メキシコ北部、モンテレイ唯一の生活情報誌「かけはし」で、「マッチャンの本棚」という拙文を掲載して戴いています。メキシコや中南米を扱った著作に関する感想文なのですが、過去に掲載済みのものに若干の加筆・修正を加え、この場で紹介させて戴きます。




タイトル: 「フリーダ・カーロ」 ~引き裂かれた自画像~





著者名: 梶尾真紀子   
絵本:  263ページ
出版社: 中央公論新社     
発行年: 1999年                   …「かけはし」第6号に掲載


フリーダ・カーロについて、サルマ・ハエック主演の映画を通じて知っている方も少なくないだろう。

革命後のメキシコを代表するシュール・レアリズムの旗手であり、恋多き奔放な女流画家のイメージ。夫であるディエゴ・リベラとの愛と破綻…。芸術に縁遠い私にとって、奇異な自画像ばかり描いた女性という程度の印象しかなかったフリーダに関して、本書では著者の粘り強い取材、簡潔な文章と的確な表現力、当時の時代背景の考察のお陰で、興味深く、ひと息に拝読させて貰った。

旅行の仕事をしていて、時折フリーダ博物館「青い家」や、フリーダとディエゴのサン・アンヘルの住居兼アトリエ、ドローレス・オルメド美術館などを訪問希望の日本の旅行者に出くわす訳であるが、こうした人の多くは、メキシコ旅行のついででなく、フリーダのついでにテオティワカン遺跡を訪ねるような感覚なのだ。国も時代も異なる、日本では決して有名ではないはずの女流画家に、日本の旅行者が憧憬を感じ、足跡を追うことに執着出来るのか…、浅薄な私には理解に苦しむ事実だったのが、本書によりある程度は確信の持てるイメージに昇華したと言える。

小児麻痺による右足の未発達。不幸な交通事故により生死の境を彷徨った経験。47年の生涯に30回以上の外科手術。母親から愛されなかった反動とも言えるファザー・コンプレックス。持って生まれた激しい気性や強い感受性と情念。左翼運動などの世相。彼女の芸術に対する最良の理解者であり、人生の伴侶となるディエゴ・リベラとの愛憎劇…。この女流画家を形成していった様々な要因はあるにしろ、フリーダは特別な女性ではなく、女性なら誰しもフリーダのようになる要素があるのだということに、私は一応の結論を求める。

更に、「フリーダ・カーロ=シュール・レアリズム」という分類は、あくまで後づけの彼女の役割に過ぎず、フリーダはシュール・レアリズムを標榜していた風でも、その技術を学んだ訳でもなく、あくまで自らの感情の発露としての作品群であり、主に苦悩や悲哀を暗示する作品や、対照的な堂々と毅然とした態度という彼女の二面性を体現した部分まで含めても、メキシコという超現実的な風土においては、シュール・レアリズムは珍しくもなく、殊更勉強してどうにかなる類のものではない。フリーダは「私は私」でしかなかったのだろう。

フリーダの作品に魅せられる個人が、洋の東西を問わず出現し後を絶たない。彼女の作品や生涯の信奉者となる人々は、潜在的な部分での共感なり、刺激によって彼女の足跡を求めてメキシコへ吸い寄せられてしまうのかも知れない。

著者堀尾真紀子女史もその一人だったのだ。巻末の横尾忠則氏との対談で、横尾氏の語る《芸術の持つ、破天荒な力》についても著者の行動の原点となった「二人のフリーダ」という作品との出会いこそ著者をフリーダを追う旅にメキシコへ駆り立て、その執着の帰結としてこの本を著したという事実は、多くのフリーダ・カーロ信奉者の究極と言えるし、その参考文献の量や地道な踏査活動に畏敬の念を禁じ得ない。

メキシコに長くいる割に、「青い家」にも足を向けたことのない筆者などには「目からウロコ」的な感慨(フリーダにでなく、著者に対する)を受けた次第である。

将来的に本書に登場するフリーダ、ディエゴ・リベラ、イサム・ノグチ等の芸術家の作品に触れる効果的な周遊旅行を造成出来れば、旅行屋の私が受けた刺激の帰結となるだろうし、楽しいとも思う。ツアーとして「1年に1本、2-3人に売れればいい」程度のマニアックなものであれば尚更楽しい。


mc

「ドン・ロドリゴの幸運 ~交流のはじまり~」

メキシコ北部、モンテレイ唯一の生活情報誌「かけはし」で、「マッチャンの本棚」という拙文を掲載して戴いています。メキシコや中南米を扱った著作に関する感想文なのですが、過去に掲載済みのものに若干の加筆・修正を加え、この場で紹介させて戴きます。




タイトル: 「ドン・ロドリゴの幸運 ~交流のはじまり~」

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著者名: 佐倉朗(作) 山口まさよし(絵)   
絵本:  72ページ
出版社: 千葉県総合企画部報道広報課     
発行年: 2008年                   …「かけはし」第5号に掲載

                               
昨年から約1年に亘ってメキシコ各地で行われた「日本・メキシコ友好400周年記念行事」が終わろうとしている。2009年から400年前、1609年の何を起点に日本とメキシコの友好関係がはじまったのか?という歴史について、私のように漠然とした知識しか持たなかったり、全く知らないまま、一連の記念行事に携わった方もいるのではないかと思う。

千葉県がその佳節の前年に冊子というスタイルで発行した同著は、当時フィリピン臨時総督の地位に就いていた通称ドン・ロドリゴ、正式名ロドリゴ・デ・ビベロという貴族が体験した波乱と幸運のエピソードを実に判りやすくまとめた内容。絵本の体裁を取っているので小中学生に県の歴史の一環として手に取らせる意図があるのだろう。

ドン・ロドリゴはフィリピン臨時提督となる前はサン・ファン・ウルア要塞(ベラクルス)の守備隊長兼市長やタスコ市長などを務めたエリート貴族。フィリピンでの臨時総督の任を終え、メキシコ(当時のヌエバ・エスパーニャ)へ帰任する途上、日本の太平洋岸近海で暴風雨に見舞われ、現在の千葉県御宿町付近で船が難破し、乗組員は遭難・漂着した。

当時人口300名程度の御宿の村民たちは、ロドリゴ以下317名の異邦人を救助し、介護し、面倒を見た。現代の日本人でも当然そうするだろう。しかしながら、当時の外国人を見たこともない田舎の漁村の人々には重大な決断であったろうし、大いに不安もあったに違いない。「困っている人を見過ごせない」という日本人の美しい気質に基づく御宿の村民の献身的な無償の奉仕と、先取的で高潔な大多喜城主、本多忠朝の後見と支援によって、ドン・ロドリゴの苦難が幸福に変貌する。

ロドリゴ自身が偏見に満ちた私利私欲の人であれば、日本側の善意の反応も違っていたかも知れない。本文中では徳川家康からの「必要なものは必ず与えるから申し出よ」というオファーに、カトリック教徒の保護、スペイン本国との親交、オランダ人の排除という3つの願いを出したロドリゴの私心のなさを窺いみることが出来るし、そういった「自分より自国の利益」を求める態度は武士の時代の日本では受け入れられ易かったのかも知れない。ロドリゴ自身も日本をきちんと評価し、日本からも評価されたのだ。遭難から10ヵ月後、三浦案針が建造したサン・ブエナベントゥーラ号に乗って帰国した。命を救われただけでなく、日本との友好的な外交関係というお土産とともに。

徳川家康の存命中で未だ西洋キリスト教国への対応も寛容な時代であったこともあるが、「ドン・ロドリゴの幸運」は一言で言えば人と人との出会いであり、一期一会から長い友好の歴史が開花することもあるという好例と言えるのではないか。

現在、御宿町はアカプルコと、大多喜町はクエルナバカと姉妹都市盟約を結んでいる。400年の間には歴史に名を残すことなく、平凡にメキシコと日本の狭間で消えていった多くの人々がいるだろう。あわよくば、そうした人たちにもロドリゴと御宿の人々のような美しい善意の出会いと歴史があったと思いたい。

友好400周年を築き上げた全ての無名の先人たちに感謝。

mc

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